お歯黒は、なぜ美しかったのか。――身分・婚姻・身体表現から考える日本の美意識

お歯黒をつけて微笑む江戸の女性を描いた絵(Luna SĀYA 作) 化粧研究

お歯黒との最初の出会い

映画館で『駆込み女と駆出し男』の宣伝を目にしたとき、満島ひかりさんのお歯黒姿が強く印象に残った。

大泉洋さん主演の映画である。

そこに、満島ひかりさんがいた。

黒く染めた歯。
剃り落とした眉。

けれど、その姿を見たとき、
最初に思ったのは、

「満島ひかりさん、綺麗だなぁ」

だった。

わたしは、満島ひかりさんという俳優が好きだ。

演技も、
歌も、
その人自身がまとっている空気も好きである。

だから、宣伝を目にしたときも、
まず先に目に入ったのは、
お歯黒ではなく、満島ひかりさんそのものだった。

けれど、そのあとで、
ふと引っかかった。

なぜ、お歯黒をしているのだろう。

お歯黒。

お歯黒。

その言葉を頭の中で繰り返しているうちに、
昔、近所のお兄さんたちが、
海苔を歯にくっつけて、

「お歯黒」

と言って遊んでいたことを思い出した。

わたしの中にあった「お歯黒」は、
どこか冗談めいたものだったのだと思う。

黒い歯を、
美しいものとして見る感覚が、
自分の中にはほとんどなかった。

映画『駆込み女と駆出し男』については、こちらをご覧ください。

映画『駆込み女と駆出し男』公式サイト(松竹)

わたしには、すぐに「美しい」とは届かなかった

同じ昔の装いでも、

綿帽子をかぶった花嫁姿を見ると、
わたしは素直に、

「可愛い」

「綺麗」

と思う。

今のわたしの美意識でも、
その美しさは比較的すんなりと理解できる。

けれど、
お歯黒は違った。

満島ひかりさん自身は綺麗だと思う。

けれど、

「お歯黒が美しい」

という感覚は、
すぐには分からなかった。

そこで、ひとつの疑問が生まれた。

昔の人が感じていた「美しい」と、

現代を生きるわたしが感じる
「可愛い」「綺麗」は、

本当に同じものなのだろうか。

もしかすると、

わたしたちは同じ「美しい」という言葉を使いながら、

まったく違うものを見ているのではないか。

その疑問が、
わたしがお歯黒について調べ始めた入り口である。

お歯黒をつけて微笑む平安の女性を描いた絵(Luna SĀYA 作)
絵:Luna SĀYA

黒い歯の国——古代

お歯黒の始まりは、はっきりとは分かっていない。古墳に葬られた人の骨や埴輪(はにわ)に、歯を黒く染めた跡が見られるという。

古墳に眠る黒い歯の人骨と、歯の黒い埴輪を描いた絵(Luna SĀYA 作)
絵:Luna SĀYA

中国の古い地理書『山海経(せんがいきょう)』には「黒歯国(こくしこく)」という国の名が記されている。『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』も、倭(わ)の東南の方角に黒歯国があると書いている。

大人になる日に——平安時代

平安時代の貴族の女性たちは、大人になる儀式である裳着(もぎ)のころに、眉を整えることとお歯黒をそろえて始めた。初めて歯を染めることを「鉄漿始(かねはじめ)」という。

第一回の眉の回で触れたように、『源氏物語』の「末摘花(すえつむはな)」の帖(じょう)では、幼い紫の上がまだお歯黒をしていなかったところを、光源氏が身づくろいさせている。『堤中納言物語(つつみちゅうなごんものがたり)』の「虫めづる姫君」は、お歯黒を「うるさし、きたなし」と言ってつけず、白い歯のまま笑う姫として描かれた。

虫を愛で、白い歯のまま笑う虫めづる姫君を描いた絵(Luna SĀYA 作)
絵:Luna SĀYA

平安の終わりごろには、公家(くげ)の男性や、平家などの武士、大きな寺に仕える稚児(ちご)もお歯黒をするようになる。眉の回で紹介した『平家物語』の平敦盛も、「薄化粧して、かね黒なり」と書かれていた。

首を取られても——戦国時代

戦国時代の武将の中には、化粧をして戦に出る者がいた。討たれて首を取られたときに、見苦しくないようにするためである。

一六〇〇年(慶長五年)、関ヶ原の戦いのとき、石田三成(いしだみつなり)方の大垣城(おおがきじょう)に籠もった娘が、年を取ってから子どもたちに語った話が『おあむ物語』として残っている。そこには、城の中でのこんな仕事が語られている。

みかたへ、とった首を、天守へあつめられて、札をつけて覚えおき、さいさい、くびにおはぐろを付ておじゃる
(みかたへ、とったくびを、てんしゅへあつめられて、ふだをつけておぼえおき、さいさい、くびにおはぐろをつけておじゃる)

味方が取った首を天守に集めて札をつけ、その首に、たびたびお歯黒をつけた。

お歯黒は、身分の高い者のしるしだった。歯の黒い首は、身分の高い武士を討ち取った証になったのである。

何色にも染まらない——江戸時代

江戸時代になると、お歯黒は、結婚した女性のしるしになる。結婚していなくても、ある年齢を過ぎると、世間体のために歯を染める女性も多かったという。

お歯黒をつけて微笑む江戸の女性を描いた絵(Luna SĀYA 作)
絵:Luna SĀYA

黒は、ほかのどんな色にも染まらない。そのためお歯黒は、夫ひとりに尽くし通す「貞節(ていせつ)」の証と考えられていた。

初めて歯を染めるときには、親戚の女性などが「かね親」となり、お歯黒の道具一式を祝いとして贈ったり、塗り方を教えたりした。

かね親に見守られ、初めて歯を染める江戸の娘を描いた絵(Luna SĀYA 作)
絵:Luna SĀYA

材料は二つある。一つは五倍子粉(ふしこ)。ヌルデという木にできる虫こぶを乾かして、粉にしたものである。もう一つは鉄漿水(かねみず)。古い鉄を、米のとぎ汁や酢、茶、酒などに漬けて発酵させた液で、ひどい悪臭がしたという。この二つを筆で歯に重ねて塗ると、歯が黒く染まる。色は落ちていくので、毎日から数日おきに塗り直さなければならなかった。

虫こぶとは、虫が植物に卵を産んだり、植物の汁を吸ったりしたときに、植物の一部がぷくっとふくらんでできる「こぶ」のことである。中に虫が住んでいる、小さな袋のようなものだ。

お歯黒に使われた五倍子(ふし)は、こうしてできる。

  1. ヌルデという木の葉に、アブラムシの仲間(ヌルデシロアブラムシ)がつく。
  2. 葉がその刺激でふくらんで、中が空洞の袋になる。大きさは数センチくらいである。
  3. 中ではアブラムシがたくさん増える。
  4. 虫が外へ出ていく前に袋を取って、熱湯で煮て乾かし、粉にする。

この粉には、タンニンという渋みのもとが、たっぷり含まれている。タンニンが鉄漿水(かねみず)の鉄と合わさると、黒くなる。これがお歯黒の黒の正体である。

お歯黒の成分には、歯ぐきを引きしめ、歯の表面を強くする働きがあり、虫歯や歯周病を防ぐ効果があったと、今では考えられている。

白い歯が、戻ってくる——明治時代

幕末から明治の初めに日本を訪れた外国人の目に、お歯黒は奇妙なものとして映った。明治政府は、外国との付き合いのために、この習慣をやめさせようとする。

一八七〇年(明治三年)、皇族と華族のお歯黒と引眉が禁じられた。一八七三年(明治六年)、皇太后と皇后がお歯黒と眉を剃ることをやめたと発表される。

それでも、人々の暮らしからお歯黒はすぐには消えなかった。明治十年ごろの錦絵(にしきえ)の女性も、歯が黒く描かれている。明治の半ばには、水で溶くだけで染まる粉のお歯黒まで売られていた。

作家の谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう)は、子どものころの東京をこう振り返っている。

あの時分、と云うのは明治二十年代のことだが、あの頃までは東京の町家も皆薄暗い建て方で、私の母や伯母や親戚の誰彼など、あの年配の女達は大概鉄漿を附けていた。
(『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』)

お歯黒は、大正のはじめごろまでに、少しずつ人々の顔から消えていった。

ああ、その時間を生きているんだね

ここからの文章は、現世を生きているわたしサーヤという人間が考えるお歯黒についての考察である。

お歯黒について調べ始めたとき、

わたしが最初に感じたのは、

「美しい」ではなかった。

正直に言えば、

「……なぜ?」

だった。

けれど、調べていくうちに、
問いそのものが少しずつ変わっていった。

「なぜ、黒い歯を美しいと思ったのか。」

それだけではない。

昔の人が言う「美しい」と、

現代のわたしが感じる
「可愛い」「綺麗」は、

そもそも同じものなのだろうか。

そして、わたしは一つのことに気づいた。

お歯黒だけを、
顔の中にある一つの化粧として切り取って考えること自体が、

当時の美意識を考える上では、
少し短絡的なのではないか、と。

婚姻。

社会の中での立場。

身分。

衣装。

きちんと身体を整えていること。

そして、その人が、

「私は、こういう者です」

と社会に向かって示していること。

そうしたものまで含めた姿を、
人々は「美しい」と感じていた時代があったのではないか。

お歯黒をつけて微笑む平安の女性を描いた絵(Luna SĀYA 作)
絵:Luna SĀYA

つまり、

「お歯黒が美しい」

という言葉は、

黒く塗られた歯だけを見て、
その色や形を美しいと言っていたのではないのではないか。

その人が背負っている身分や立場。

その人がまとっている衣装。

その人の身体表現。

そして、その人がそこへ至るまでに生きてきた時間。

それらすべてを含んだ、
ひとりの人間の姿を見て、

「美しい」

と感じていたのではないか。

そう考えるようになった。

だから、

現代を生きる人が、
ただ歯を黒く塗って、
お歯黒だけを再現したとしても、

そこに強い美しさを感じる人は、
それほど多くないのではないかと思う。

そこには、

身分も、

階級も、

婚姻も、

その時代の衣装も、

その人がそこへ辿り着くまでに生きてきた人生もないからだ。

 

人の人生には、流れがある。

生まれて、

育って、

ある場所に立ち、

ある立場を引き受け、

ある人と出会い、

また次の時間へ進んでいく。

 

お歯黒という姿は、

その長い人生の流れの中に現れる、
ほんの一瞬の刹那だったのではないか。

 

だからこそ、

その一瞬が、
美しかったのではないか。

 

その人の身分も、

衣装も、

身体も、

そこへ至るまでの時間も、

これから続いていく人生も。

そのすべてを背負った一瞬として、

黒く染められた歯が、
そこにあった。

 

そう考えるようになってから、

わたしは、
お歯黒を見ても、

もう以前のように、

「……なぜ?」

とは思わなくなった。

代わりに、

「ああ、その時間を生きているんだね」

と思うようになった。

その人は、
その時代の中で、

その人自身の人生を生きている。

その一瞬が、
黒い歯という身体表現として、
わたしたちの前に残っている。

それは、

本当に美しいことだ。

お歯黒を調べることは、

黒い歯の歴史を調べることではなかった。

「美しいとは、何なのか。」

そして、

人は、
誰かのどこを見て、
美しいと感じているのか。

それを考えることだったのだと思う。


yohaku

令和8年の秋。

わたしがInstagramを開くと、
大量に女の子たちの写真が出てくる。

それは、きっと、
わたしが女の子たちを眺めているからに他ならないのではあるが。笑

ただ、
彼女たちに共通して感じることがある。

彼女たちは、

自分が美しい時間を。
可愛い時間を。

残しておきたいのだと思う。

そして、その刹那を、
誰かに見てほしい。

そんな気持ちを、
どこかに持っているように見える。

そして、わたしは、
そんな彼女たちを、

「可愛いな」

「美しいな」

と思いながら眺めている。

女の子や女性は、美しい。

まるで、
色とりどりの花が、
それぞれの季節に咲いているようである。

わたしはInstagramを閉じる。

自室にあるパキラの葉っぱに、
霧吹きで水をかける。

「美しいね」

「可愛いね」

そう、パキラに言ってみる。

すると、

「うん、そうだろう」

とでも言うように、

朝の太陽の光を受けながら、
また新しい葉っぱを出している。

わたしは、このパキラが好きである。


参考資料

  • 国立国会図書館「本の万華鏡 めーきゃっぷ今昔」第1章 江戸時代の化粧/第2章 明治、大正、昭和の化粧
  • 『山海経』
  • 『魏志倭人伝』
  • 『源氏物語』末摘花
  • 『堤中納言物語』虫めづる姫君
  • 『平家物語』巻九 敦盛最期
  • 『おあむ物語』
  • 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(青空文庫)
タイトルとURLをコピーしました