黄色いチューリップの花言葉を引くと、日本の辞典にはたいてい「望みのない恋」「叶わぬ恋」と書いてある。
ところが英語で同じ花を引くと、出てくるのは「明るい思い(cheerful thoughts)」「あなたの笑顔には太陽の光がある」だ。
同じ花で、正反対である。しかもこれは、どちらかが間違っているのではない。途中で書き換えられたのだ。今回はその「なぜ」を追いたい。
まず、色ごとに並べてみる
全般:思いやり/博愛
赤:愛の告白/真実の愛
白:失われた愛/純粋
ピンク:誠実な愛/愛の芽生え
紫:不滅の愛/永遠の愛
黒(濃い紫):私を忘れて
黄:望みのない恋(古い)/明るい思い(新しい)
並べると、黄色だけが二つ持っている。
「望みのない恋」は、どこから来たのか
二つの筋が重なっている。
チューリップの物語が、そもそも「選ばれなかった恋」から始まっている
ペルシャからトルコにかけて、こんな話が伝わっている。ひとりの娘に三人の男が求婚し、それぞれ王冠と、剣と、財宝を捧げた。娘は誰も選ぶことができず、花に姿を変えた。赤い花が王冠、細長い葉が剣、土の中の球根が財宝——というわけだ。
チューリップ全般の花言葉が「思いやり」「博愛」なのは、この話から来ていると言われる。誰かひとりを選ぶ愛ではなく、選べなかった愛のほうだ。
そして、黄色という色が背負っていたもの
ヨーロッパでは長いあいだ、黄色は「裏切り」「不実」の色だった。宗教画で裏切り者に黄色い衣を着せる約束事があり、その連想が色そのものに染みついた。
さらに歴史の中で、黄色は特定の人々に強制的につけさせる印としても使われてきた。二十世紀にも、迫害の道具として使われている。黄色は、長いこと「排除の色」でもあった。
この二つが重なる場所に、黄色いチューリップは置かれた。選ばれなかった花の、裏切りの色。「望みのない恋」は、そうやって割り当てられた意味だ。
ここで、前提を確かめておきたい
そもそも花言葉とは何なのか。ここを押さえないと「書き換え」の話は進まない。
花言葉は、古代から自然に語り継がれてきた民間の知恵——ではない。十九世紀のヨーロッパで流行した、本の体系である。
一八一九年にパリで出版された花言葉の本が大きく売れ、それをきっかけに各国で似た辞典が次々と出た。書き手たちは互いの本を写し、抜き、足した。だから同じ花でも本によって意味が違う。もともと一つに決まっていたことが、一度もない。
ここが重要だ。花言葉は出版物として流通した商品であって、聖典ではない。管理している人も、正解を決める機関もない。版が変われば、意味は変わる。書き換えは、例外ではなく仕組みのほうだった。
では、なぜ書き換えられたのか
力は、少なくとも四つあったと思う。
① 黄色という色の意味が、変わった
いちばん大きいのはこれだ。裏切りの色としての黄色は、二十世紀に力を失っていく。代わりに黄色は、日光・明るさ・元気の色として読まれるようになった。
黄色いリボンは帰りを待つ印になり、日本では「幸せの黄色いハンカチ」が黄色を待つ色・報われる色にした。子どもの絵の太陽は黄色く塗られる。
色の意味が変わったから、その色の花の意味も変わった。花は一度も変わっていない。
② 花が、贈り物という商品になった
二十世紀の後半、オランダを中心に切り花と球根が世界じゅうに流通する大きな産業になった。チューリップは、その主役のひとつだ。
そうなると、ある事情が生まれる。「望みのない恋」という意味の花は、贈り物にならない。誕生日にも、見舞いにも、母の日にも使えない。売り場に置いた瞬間、その意味は邪魔になる。
いま私たちが検索して出会う花言葉の多くは、花屋や園芸業者が書いた紹介文から広まっている。売る人が書いた意味が、いちばん遠くまで届く。明るいほうの意味が広まったのは、自然な成り行きだったと思う。
③ チューリップ自体の立ち位置が変わった
十七世紀のオランダで、チューリップの球根は投機の対象になった。珍しい品種の球根ひとつが家一軒の値段になり、そして値が崩れた。当時のチューリップは危険で、特別で、人を狂わせる花だった。
いまはどうか。春になれば誰でも買える、いちばん身近な球根の花だ。小学校の花壇にも植わっている。
花の社会的な位置が変われば、そこに置かれる意味も変わる。破滅の花には悲恋が似合っても、子どもが球根を植える花に「望みのない恋」は重すぎる。
④ 誰も、改訂を止められない
そして最後に、止める人がいなかった。花言葉には正典がなく、管理者がいない。書き換えは、誰の許可も要らない。
ひとりが新しい意味を書き、次の人がそれを写し、検索の上位に出て、また写される。意味は、多数決ではなく、複写の回数で決まる。
日本には、古いほうが残った
面白いのはここだ。日本では今も「望みのない恋」が生き残っている。
日本の花言葉は、明治以降に西洋の辞典を輸入し、翻訳して広まったものだ。翻訳された時点の意味が本に固定され、そのまま参照され続けた。輸入したときの版が、そのまま保存されたようなものだ。
だから同じ黄色いチューリップに、向こうでは更新後の意味が、こちらでは更新前の意味が残っている。一本の花の上に、時代のずれがそのまま乗っている。
——花言葉を調べていて、これほどはっきり「意味が動いた跡」が見える花は、そう多くない。
考察——読み解こうとした跡
ここまで書いてきて、行き着くのはこういうことだ。
黄色いチューリップは、ずっと同じ黄色で咲いている。春に芽を出し、開いて、閉じて、また来年出てくる。その黄色を、ある時代は裏切りの色として読み、望みのない恋だと書いた。別の時代は日の光として読み、明るい思いだと書いた。
色にも、かたちにも、力が宿っている。花言葉は、その力を読み解こうとした人たちの、その時々の答えだ。答えが変わったのは、読む側の目が変わったから。読み解こうとしたこと自体は、どの時代も同じだった。
これは花の話として終わらせなくてもいいと思う。人にも、同じことが起きるからだ。
誰かにつけられた評価、いつのまにか自分についていた説明。それは自然の法則ではなく、そのとき誰かが本に書いたものかもしれない。書かれたものは、書き換えられる。現に、黄色いチューリップは書き換えられた。
——貼られた意味を、そのまま自分の性質だと思わなくていい。
気をつけていただきたいこと
チューリップは、球根に毒があります。玉ねぎと間違えて食べてしまう事故が実際に起きています。球根は食べられません。
また、球根や茎の汁に触れ続けると手が荒れることがあります(球根を扱う仕事の人によく知られた症状です)。たくさん扱うときは手袋を。犬や猫が球根を掘って口にすると危険なので、そちらもご注意ください。
おわりに
花屋で黄色いチューリップを選ぶとき、「望みのない恋だから」と手を止める人がいるかもしれない。逆に、明るい意味を知っていて選ぶ人もいる。
どちらの人の前でも、花は同じ顔で立っている。
——象徴には、意味がある。象意は、ある。
その意味を知ることは、自分の人生の主導権を、自分の手に置くことにつながる。私が象意を研究しているのは、そこに理由がある。
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