雪が消えたばかりの斜面に、白い花が群れて咲いている。高い山の、夏がいちばん短い場所だ。
チングルマという花
バラ科。学名は Geum pentapetalum。本州の中部から北、そして北海道の高い山に生える。雪田——夏の遅くまで雪が残る窪地——のふちの、湿った砂礫地に群れて咲く。花びらは白く、たいてい五枚。背丈は十センチほど。
名は「稚児車(ちごぐるま)」から来たと言われている。子どもの持つ風車のことだ。ただし、風車に見立てられたのは咲いている花ではない。花が終わったあとの姿である。

草に見えて、木である
チングルマは草ではない。落葉小低木——木だ。
茎は立ち上がらず、地面を這って伸びる。這った部分は木質化して硬くなり、そこには年輪が入る。背丈は十センチでも、横に這った幹には、何年ぶんもの層が積もっている。
高い山では、伸びられる期間が短い。雪が解けてから、また雪が来るまでの、わずかなあいだだけだ。だから伸びるのが遅い。ひとつの群落になるまでに何十年もかかると言われる。
見上げる高さがないから、草だと思われる。実際には、足元に何十年が横たわっている。高さで測ると、この植物は読み違える。

花が終わってからの姿
チングルマがいちばんよく知られているのは、花ではない。花のあとだ。
実がなると、めしべの先が長く伸びて残り、羽毛のようにほどける。それが放射状に開いて、風車になる。銀色がかった穂が、斜面いちめんで風に揺れる。写真に撮られるのは、たいていこの姿だ。
花でいる時間より、花が終わってからの時間のほうが長い。そして名前は、長いほうの姿についた。この植物は、盛りではないほうの姿で呼ばれている。

雪の下で待つ
チングルマは、雪が遅くまで残る場所を選んで生えている。雪は重く、冷たく、咲ける期間を削る。それでも雪の下は、風に晒されず、乾かず、凍りつかない。いちばん潰されている場所が、いちばん守られている場所でもある。
短い夏に一気に咲いて、また雪の下に入る。それを何十年も繰り返して、十センチになる。
おわりに
金鳳花は、道端のいちばん低いところで光っていた。チングルマは、人が滅多に行かない高いところで、地面を這って年を重ねている。どちらも、背は低い。
速く伸びたものだけが、積み上がっているわけではない。伸びられない時間のほうが長い場所では、伸びなかった期間も含めて、その木の年になる。
——雪の下にいた年月も、年輪には入っている。
表紙の絵:Luna SĀYA
yohaku
チングルマ
見た目は、5枚の花びらを持つ、美しい白い花である。
なんとも愛らしく、可憐である。
だが、咲く場所は、平坦な平地ではない。高山に咲く。
そして、チングルマは、実は木である。
面白い。きっと、山の静かな空気が好きだったのかしらん。
なんて、わたしは思ってしまう。
そして、可憐な花は羽毛に姿を変えて、
白い羽毛にごく淡い桃色が混ざる。
時間が経つにつれて、白から銀白色になっていく。
変化することを、恐れない。
時間が経過すること、姿、形が変わること。
そのことの恐れなんて、なんてことないさ。
そして、その次の羽毛は別の土地に飛んでいき、
また、地面に根を張り、新しいチングルマを咲かせるらしい。
チングルマ。
稚児車。
なんだか、笑ってしまった。
わたしも、チングルマのように生きたいなぁ。
変化を恐れずに、生きたいなぁ。
老いを、恐れずに、生きていきたいなぁ。
そんなことを考えさせてくれた、チングルマ。
サーヤ
見るときのお願い
高山植物です。国立公園などでは、採ることが法律で禁じられている場所が多くあります。それ以前に、この十センチは何十年ぶんです。一度踏めば、元に戻るのに人の何十年ぶんの時間がかかります。登山道を外れない。踏まない。摘まない。見るだけにしてください。
▶ 草花研究の目次へ

