「本命」という言葉がある。
本命にされたい。本命じゃなかった。本命と遊びの違いは何か。
この言葉が使われるとき、人は順位をつけている。誰かを一番にして、誰かをそれ以下にする。
その構造に、私は違和感がある。
「本命かどうか」は、相手の価値の問題ではない。自分が相手に対して、どれだけの覚悟を持てているか、の問題だ。
本命でない関係は、相手が劣っているのではない。その関係に覚悟を持てていない自分がいるだけだ。
だから——「本命じゃなかった」と知ったとき、傷つくのは当然だ。自分の価値が下げられたのではなく、自分に向けられた覚悟の薄さを、知ったからだ。
覚悟のない関係を、誠実に終わらせることは難しい。だから多くの場合、曖昧なまま続く。
「本命かどうか」を問う前に、問うべき問いがある。
この人との関係に、覚悟を持てているか。
その問いの方が、本質に近い。

