守護霊は、ひとりではない——江原啓之『守護霊』を読む

神社の境内で、狐の面を手にしたおじいさんと、それを見つめて笑う女の子(絵:Luna SĀYA) 神霊研究

この記事は、江原啓之さんの本を読んだサーヤの解釈であり、江原さんご自身のお言葉ではありません。江原さんの言葉そのものは、ぜひ本の中で出会っていただけたら嬉しいです。

わたしは、江原啓之さんの著作が大好きである。作家としての江原啓之さんの作品をたくさん読ませて頂いた。

その中で、守護霊という作品の中で、守護霊は、1人に1霊ついているわけではなく、いくつかの種類に分かれていることが紹介されていた。

一 『守護霊』という本

『守護霊』は、二〇一七年六月三十日に講談社から出た本である。江原啓之さんが、スピリチュアリストとして三十年を迎えた年に書かれた。

出版社の紹介には、世の中に守護霊への誤解や思い込みがあふれていること、そして長く守護霊について語ってきた江原さんが、その真実を伝えることを自らの務めとして書いた本であることが記されている。

巻末には、霊系診断などの付録がついている。

二 守護霊は、ひとりではない

守護霊というと、ひとりの人に、ひとりの守り手がついている姿を思い浮かべるかもしれない。

本書では、守護霊はいくつかの役割に分かれて、ひとりの人間を見守っているとされる。目次にも「守護霊の構成」という項目があり、次の四つが挙げられている。

主護霊(しゅごれい)
守護霊の中心にいる存在。生まれる前からそばにいて、一生入れ替わることがない。その人自身といってもいいほど近く、人柄も似ているとされる。

指導霊(しどうれい)
職業や技能に関わる存在。ひとりとは限らず、本人の歩みによって途中で入れ替わることもあるとされる。

支配霊(しはいれい)
人生の流れを先まで見通し、出会いや環境を整える存在。人や土地、仕事、結婚といった縁を結ぶことにも関わるとされる。

補助霊(ほじょれい)
文字どおり、補佐の役目を担う存在。メッセージを運ぶ役をすることが多いとされる。

ひとりの人間のうしろに、役割の違う存在がいくつも並んでいる。そう考えると、守護霊は「ひとりの守り手」というより、その人の人生に合わせて組まれた、ひとつのチームのようにも見えてくる。

三 守護霊は、何でもしてくれる存在ではない

本書が繰り返し伝えているのは、守護霊は願いを何でもかなえてくれる存在ではない、ということである。

守護霊は、たましいの成長を見守る保護者のような存在とされる。だから、つらい出来事も、たましいが育つための経験として見守ることがある。頼りきるのではなく、自分の足で歩く人を、うしろから支えている存在として描かれている。

四 次の研究へ

江原さんの本の中では、四つの役割のうち支配霊について、人の霊だけでなく、一度も肉体を持ったことのない「自然霊」であることが多いとも語られている。日本の自然霊には、龍神・稲荷・天狗といった系統があるという。

その話は、次の記事でたどってみたい。

神社の境内で、天狗の面をつけたおじいさんの鼻に、笑いながら指でふれる女の子(絵:Luna SĀYA)
絵:Luna SĀYA

結び

森の滝から金色の龍が立ちのぼり、狐の面の女の子と天狗の面のおじいさんが見上げている(絵:Luna SĀYA)
絵:Luna SĀYA

 わたしは、気に入った作家さんができた場合、その作家のできる限りの著作を貪るように読み漁るのが、いつもの癖である。
 その作家さんが何を体験し、その体験から何を得て、何を後続の人に伝えたいと願うのか。
 そこに興味がある。
 だから、同じ作家さんの著作を掘ることは、その人の願いを掘ることでもあると思っている。
 わたしは、江原啓之さんの書いた作品が大好きである。

森の滝のそばで、琵琶を抱いた女神が狐の面の女の子に面をかけ、金色の龍が舞い、天狗の面のおじいさんが手を合わせている(絵:Luna SĀYA)
絵:Luna SĀYA

サーヤ

表紙の絵:Luna SĀYA


参考
江原啓之『守護霊』講談社、二〇一七年

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