その男は、誰にでも挨拶をした。
郵便配達にも、登校する子どもにも、犬を連れた老婆にも。
「おはようございます」
ただ、それだけのことだ。
ある朝、町に越してきたばかりの若い女が、挨拶を返さなかった。
警戒していたのだろう。知らない人に声をかけられたら、身構える。そういう場所から来たのだ。
男は、気にしなかった。次の朝も、同じように声をかけた。
一週間が過ぎたころ、女のほうから、小さな声がした。
「……おはようございます」
男は、笑って、うなずいただけだった。
人が人を信じるのに、特別な言葉は、いらないのかもしれない。
ただ、同じ場所で、同じ朝に、声をかけ続けること。
それだけで、警戒は、少しずつ、ほどけていく。

