若いころ、その男は、町を出て行った。
こんな何もない場所には、いられない、と言って。
都会で、十年。何があったのかは、多くを語らない。
ただ、ある春、男は、帰ってきた。父の店を、継ぐために。
出て行ったときの、威勢は、もうなかった。
かわりに、静かな目を、していた。
町の人は、何も聞かなかった。
聞かないことが、この町の、やさしさだった。
男は、毎朝、店の前を、掃いた。
出て行く自由を使った男が、いまは、留まることを、選んでいた。
逃げることも、戻ることも、どちらも、その人の選択だ。
どちらが正しい、ということは、ない。

