身体で近づいた恋が、魂に届くとき——そして、届かないとき

男女論

身体から始まった関係が、ある。

最初は身体だった。でも、気がついたら深く好きになっていた。その恋が、魂まで届いた——そういう経験を持つ人がいる。

だから、断言はできない。身体から始まったからといって、魂に届かないわけではない。

問いはそこではない。

身体が先に来た関係で、何が起きているか。それが届くときと、届かないときで、何が違うのか。

届くとき——そこには、時間がある。身体が知り合った後で、言葉が生まれる。相手の痛みに触れようとする動きがある。「この人はどういう人間か」という問いが、関係の中に生きている。

届かないとき——そこには、止まりがある。身体が知り合ったところで、関係が完成したと思っている。言葉が浅いまま、時間が経つ。相手の魂に近づこうとする動きが、起きない。

始まり方の問題ではない。その後に何をしたか、の問題だ。

人間の身体は、嘘をつかない。身体で近づくという行為には、言葉より先の何かがある。その「何か」が本物なら——そこから魂への道は、開いている。

ただ、その道を歩くかどうかは、選択だ。

身体で近づいたあと、あなたはその人の魂に近づこうとしたか。その人が何を怖れ、何を大切にし、何によって傷ついてきたかを、知ろうとしたか。

その問いの答えが、届くかどうかを決める。

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