「わかってほしい」と「わかろうとする」の間で

Luna SĀYA思想

人は、わかってほしい生き物だ。自分の痛みを、よろこびを、誰かに知ってほしい。それは自然な願いだ。

だが——関係の中で、両方が「わかってほしい」だけになると、すれ違いが始まる。二人とも、自分を理解されることばかりを求め、相手を理解しようとしない。そのとき、会話は、主張のぶつかり合いになる。

関係を支えているのは、「わかってほしい」気持ちではない。「わかろうとする」姿勢のほうだ。

相手の中で何が起きているのか。なぜこの人は、いま、こう感じているのか。それを想像しようとする——その動きが、関係に橋をかける。

完全にわかることは、できない。人は、他人の中に入ることはできないからだ。それでも、わかろうとする。わかりきれないことを知りながら、なお近づこうとする。

その不可能への、あきらめない態度こそが、愛と呼ばれるものに近い。「わかってほしい」と願いながら、「わかろうとする」ことを忘れない。そのバランスを保てる人が、人と長く、深くいられる。

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