草花研究

デイジー——役に立たない花が、どうやって渡ってきたのか

花屋の店先で、小さな鉢に何株もまとまって売られている。白や桃色の、小さくて丸い花。デイジーである。 この花は、ヨーロッパでは芝生の雑草だ。イギリスの庭では、抜いても抜いても出てくる草として扱われてきた。日本の店先に並んでいるのは、その雑草か...
草花研究

鬼灯——ほおずき市は、なぜ七月九日と十日なのか

字のこと ホオズキは、漢字で「鬼灯」と書く。「酸漿」とも書く。「酸漿」は漢名で、中国での呼び名にあたる。「鬼灯」のほうは、盆に先祖が帰ってくるときの目印となる提灯に見立てて飾られたことによる、とされる。 形——袋は、萼である ナス科。現在の...
草花研究

鈴蘭——地上の花より、地下のほうが大きい

鈴蘭という花 キジカクシ科スズラン属。学名は Convallaria majalis。Convallaria はラテン語の convallis(谷)から、majalis は「五月の」という意味である。英語名も Lily of the val...
画家研究

グスタフ・クリムト——愛情は素直に受け取っても良い

グスタフ・クリムト(一八六二〜一九一八)。金の絵で知られたウィーンの画家の、生まれから死までと、《接吻》《水蛇》《乙女》の読み方。そして、生涯そばにいたエミーリエ・フレーゲのこと。
草花研究

鬼灯——外装で本音を隠している花

鬼灯(ほおずき)の花言葉には、「偽り」「ごまかし」というものがある。 その由来は、赤く大きくふくらんだ萼の中に、実がひとつだけ入っている姿から。 外から見ると、ずいぶん立派だ。赤く、鮮やかで、ふっくらとしている。 けれど、その殻を開けば、中...
画家研究

アルフォンス・ミュシャ——人との出会いで、人生が動いた人

アルフォンス・ミュシャ(一八六〇〜一九三九)。いまのチェコ、モラヴィアの生まれ。 パリで「ミュシャ様式」と呼ばれる絵を作り、アール・ヌーヴォーの顔になった人である。 その始まりは、一八九四年十二月二十六日、印刷所にたまたま居合わせた一日だ...
画家研究

鏑木清方——男から見た女

鏑木清方(一八七八〜一九七二)。東京の生まれ。明治十一年から昭和四十七年まで、九十三年を生きた日本画家である。 描いたのは、東京にいた人たちだった。 理想の美人ではなく、その町にいて、その暮らしをしていた人である。 ここでは、その生まれ...
画家研究

モネ——死の直前まで、愛する人の命の光を残したかった人

クロード・モネ(一八四〇〜一九二六)。フランスの画家。「印象派」という言葉は、この人の一枚の絵から生まれた。 八十六年の生涯のあいだ、彼が追いつづけたのは光だった。海の光、川面の光、駅の煙にさす光、大聖堂の壁を移っていく光、池に浮かぶ睡蓮...
画家研究

ルノワール——人間に光を当てたいと願った人

ピエール=オーギュスト・ルノワール(一八四一〜一九一九)。フランス、リモージュの生まれ。印象派の画家である。 七十八年の生涯のあいだ、彼が描きつづけたのは人だった。踊って笑っている男女。女。こども。年をとった人。 そして、その人たちの上に...
画家研究

上村松園——出雲という土地で——

上村松園(一八七五〜一九四九)。京都に生まれ、生涯、女性ばかりを描いた日本画家である。 女性として初めて文化勲章を受けた人でもある。 ここでは、その生涯を生まれから順に辿る。そのまえに、絵の話から始めたい。 出雲という土地で わた...
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