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露

夜のしごと

露は、夜のあいだに、降りる。誰も見ていない時間に、しずかに、仕事をする。朝、人が目を覚ますころには、もう、葉の上で光っている。「いつのまに」と、人は言う。本当に大切なことは、たいてい、見えないところで、進んでいる。誰かが眠っているあいだに、...
露

弱さ

露は、もろい。指で触れれば、すぐに、くずれる。風が吹けば、葉から落ちる。こんなに弱いものが、なぜ、土を潤せるのか。弱いから、染みるのだ。固いものは、地の上を、流れて去る。やわらかいものだけが、深くまで、届く。弱さは、無力ではない。弱さだけが...
露

まるい光

草の葉の露は、まるい。その小さな水玉の中に、空が、まるごと映っている。朝の光も、雲も、ひとつぶの露に、宿る。小さいことは、貧しいことではない。ひとつぶの中に、空を映せるなら、それでいい。人も、大きくあろうとしなくていい。自分の場所で、自分の...
露

地に染みる

露は、朝にだけ、ある。夜のあいだに、しずかに降りて、草の葉に、まるい光を結ぶ。誰も見ていなくても、露は、降りる。そして、陽がのぼれば、消える。だが、消えたのではない。地に、染み込んだのだ。露は、自分の姿を、残さない。ただ、土を、わずかに潤し...
灯火

夜のパン屋

その店の灯りは、朝が、早い。まだ、外が暗いうちから、パン屋の窓に、あかりが、ともる。夜勤明けの人が、その灯りを見て、ほっとする。始発を待つ人が、その灯りに、あたたまる。店主は、客のためだけに、早起きしているのでは、ない。ただ、いいパンを、焼...
灯火

道を聞かれて

その老人は、耳が、遠かった。道を聞かれても、よく聞き取れない。それでも、誰かが道に迷っていると、必ず、立ち止まった。聞こえないなりに、何度も聞き返し、地図を描き、ときには、途中まで、一緒に歩いた。「悪いねえ、耳が遠くて」そう言いながら、決し...
灯火

傘

雨の日、バス停に、傘を持たない女子高生がいた。隣に立っていた、見知らぬ会社員の男が、少し迷ってから、自分の傘を、差し出した。「これ、使いなさい」女子高生は、戸惑った。「でも、あなたが……」「私は、走れるから」男は、鞄を頭にのせて、雨の中を、...
灯火

けんか

隣どうしの、ふたりの男がいた。何が原因だったかは、もう、誰も覚えていない。とにかく、二十年、口をきかなかった。道で会えば、目を、そらす。ある冬、片方の男が、雪で足を滑らせて、動けなくなった。見つけたのは、もう片方の、男だった。男は、ためらわ...
灯火

つけといて

丘の途中の、小さな店。ある夕方、ひとりの少年が、パンをひとつ持って、レジの前で、立ちつくしていた。お金が、足りなかった。店主は、少年の顔を見て、少しだけ考えてから、言った。「つけといていいよ」少年は、何度も頭を下げて、店を出て行った。店主は...
灯火

帰ってきた男

若いころ、その男は、町を出て行った。こんな何もない場所には、いられない、と言って。都会で、十年。何があったのかは、多くを語らない。ただ、ある春、男は、帰ってきた。父の店を、継ぐために。出て行ったときの、威勢は、もうなかった。かわりに、静かな...
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